自動運転車はデスバレーを超えられるか?
自動運転車の現状
昨年公道でのテスト走行が認可されてからますます注目される自動運転車。
欧米では2010年頃から一般車に混じって自動運転車が公道を走ることを認められていた。Googleなどが開発する自動運転車が事故をおこすなどのニュースが報告されている。Googleはこれまでプリウス6台とアウディー1台、レクサス3台をGoogleカーに改造し190万キロを走行した。改造費は1台15万ドルという。思った以上に安い。
国内ではスバルが衝突被害軽減ブレーキのアイサイトを既に市場に投入。日産が混雑した高速道路上の自動運転を行うトラフィック・ジャム・パイロットを2016年末に、トヨタが高速道路における安全運転の支援システムを2010年代半ばに投入することを予定している。
国内メーカーが遅れていたわけではなく、1980年台には既に車線を認識し走行するシステムの試作をしていたという。また、ホンダの研究所内にはマニュアル車にも関わらずクラッチペダルとシフトレバーに油圧パイプをつなげて自動運転を試みた車両があるという。
上記は公道または高速道路上での自動運転を目指したため許認可がなかなか得られなかったが、公道以外の限定された環境である鉱山や建設現場では自動運転のダンプカーが走行している。建設機械大手のコマツやキャタピラー等が開発を行っている。
自動運転には5つのレベルがある
- レベル0はすべての操作(加速・操舵・制動)をドライバーが常に行う物を指す。例えば警告を出すだけの物は操作を行わないのでレベル0に該当する。
- レベル1は加速・操舵・制動の内いずれかを自動で行う物を指す。自動ブレーキやオートクルーズシステム(一定速度を保つ)はレベル1に該当する。
- レベル2は加速・操舵・制動のうち複数の操作を自動で行う物を指す。しかし、ドライバーが常に監視操作を行う必要がある。ドライバーの監視状態から離れる(ハンドルから手が離れる)と自動操作は解除される。
- レベル3は加速・操舵・制動をすべて自動で行い、コンピュータからの要請に応じてドライバーが対応する物を指す。事故の責任はドライバーとなる。
- レベル4は完全自動運転。ドライバーは操縦に関与できない。
現段階で市場に投入されている自動運転車はレベル2の段階までである。
しかし技術的にはレベル4の段階まで来ていると言っていいだろう。
先述のGoogleカーは2015年11月までに公道での総走行距離が190万kmに達したという。Googleカーの技術はGPSと64個のビームレーザーと高解像度のGoogleマップを用いている。ビームレーザーを照射し周囲の3Dマップを生成し、Googleの持つマップと照合し運転を制御する仕組みだ。
デスバレーは超えられるか?
よく開発者は製品やサービスはデスバレー(死の谷)を超えられるか?といったことを議論する。先進的な製品やサービスを作る際に難関や障壁になる資金・法律・制度などを指す。
今回の自動運転車においてのデスバレーはなんだろう?
- ソフトウェアのトラブルによる暴走
- ネットワークを介してハッキングが行われる可能性
- 道徳的な問題(トロッコ問題)
- 損害賠償責任は誰が負うのか?
- 現在道路交通法との不整合点(運転免許はいるのか?等)
- レーザーを使うため天候不順の時に精度が低下する
- 爆発物を搭載したら、自爆装置になりうる
現在国でも検証されているがm複数の障害が存在する。
ここでは、道徳的な問題と損賠賠償責任について言及してみたいと思う。
道徳的な問題とは、自動運転車が猛スピードで走行していた時に前方に5人の人がおり、ハンドルを切ると5人を避けることができるが1人の人が立っており確実に轢き殺してしまう。もちろんハンドルを切らなければ5人を轢き殺してしまう。5人を助けるために他の1人を殺しても良いかという問題にコンピュータがおかれてしまったらどう判断するのだろうか?
損害賠償責任については、ハンドルもアクセルもブレーキペダルもついていない自動運転車に乗っている人に事故の責任が問えるのかと言う問題である。事故の際の賠償責任の主体が車を持っている人になるのか、車のメーカーなのか、もしくはそれ以外なのか。工学領域や社会科学領域を横断的に情報交換するITSシンポジウムで昨年12月に提案されたものは、人間主権ではなくシステム主権へと言う言葉だ。システムにも人格権を与え、自動運転車を認可登記し、責任財産を付ける(システム関与者が基金を作る)もし、事故が起きた時はその財産から損害賠償するというものだ。
シンギュラリティの到来を予感させられる
シンギュラリティという言葉を知っているだろうか?日本語に訳すと技術的特異点となる。これは人工知能が人間の知能レベルを超える事を指す。
現在のCPUの集積度の向上スピードを鑑みると、2030年頃に人工知能が人を超える知能を得るだろうと予測されている。
今回の自動運転車においても、事故が起こった場合には自動運転車自体に人格権を付与し損害賠償をするというロボット法学なるものが立ち上がろうとしている。
自動運転車が確立すれば、運転せず仕事や読書、ブログの更新が出来るようになるだろう。また、障がい者や高齢者も運転すること無く自分の行きたいところに行けるようになる。
また、最近発生した大阪梅田での自動車事故のような悲惨なことも減るかもしれない。
私としては一刻も早く技術の確立とそれに合わせた法整備、新たなものに対して寛容な気持ちで望む国民感情が必要になるだろうと考える。
今日はこの辺でー。